ゴルフ場経営において「売上を上げたい」というのは共通の願い。しかし、その道筋には大きく分けて二つの戦略が存在し、どちらを選ぶかで場の未来は全く違うものになります。現場で感じる葛藤と可能性を、経営の本質から紐解いていきます。
目次
売上を構成する2つの要素:稼働率と単価
ゴルフ場の売上は、シンプルに言えば「稼働率(回転率)」と「客単価」の掛け算です。売上最大化を目指す上で、このどちらを主軸に据えるかでアプローチは大きく分岐します。
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「適正単価 × 稼働最大化」戦略(針葉樹型)
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方法: 基本プレー料金を抑えめに設定し、とにかく多くのラウンド数を確保する。繁忙期・閑散期問わず埋めることを優先。割引キャンペーンや会員外への開放を積極化。
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メリット:
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即効性が高い: キャンペーンや料金設定変更で比較的短期間でラウンド数(売上)を増やせる。
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初期投資が少ない: 既存リソースで対応可能な場合が多い。
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デメリットとリスク:
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スタッフ負担の増大: ハイペースな回転により、スタッフ(キャディ、接客、整備)の疲労が蓄積。サービスの質の低下やミスの増加リスク。
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お客様満足度の低下: 混雑によるスタートの遅れ、コースコンディションの劣化(芝の痛み、バンカーの荒れ)、スタッフの余裕のなさが目立ち、ストレスフルな体験になりやすい。「安かろう悪かろう」の評価につながる。
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コース状態の悪化: 過剰な利用により芝生が回復する間がなく、長期的にコースクオリティが低下。場の価値そのものの毀損。
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天井効果: 物理的なコース容量(スタート間隔、日没時間)やスタッフ数の限界があり、無限に稼働率は上げられない。
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価格競争の泥沼化: 近隣競合との安値合戦に陥りやすい。
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「適正稼働 × 単価最大化」戦略(広葉樹型)
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方法: ある程度の稼働率(例:平日70-80%、休日90%程度)を維持しつつ、提供価値に見合った適正価格(時には高価格)を設定し、単価を上げることで収益を確保・拡大する。付加価値サービスやブランディングが鍵。
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メリット:
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スタッフの成長: 一人ひとりのお客様に向き合う時間が生まれ、より深いサービス(丁寧な接遇、パーソナライズされた気配り、専門的なアドバイス)が提供できる。スタッフのスキルアップとやりがい向上。
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お客様満足度・評価の向上: 混雑が緩和され、ゆったりとしたプレー環境、良好なコースコンディション、心のこもったサービスにより「また来たい」「価値がある」と感じてもらえる。口コミやリピート率向上。
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コース状態の良好化: 適度な利用間隔で芝生が回復する時間が確保され、高いクオリティを維持・向上できる。場の資産価値向上。
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天井がない: サービスの質、ブランド力、付加価値(レッスン、食事、プロショップ、会員特典など)を高めることで、単価アップの余地は理論上無限大。
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デメリットとリスク:
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即効性がない: 効果が表れるまでに時間(数年単位)がかかる。経営陣やオーナーの忍耐と投資意欲が試される。
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スタッフ成長の失敗リスク: 高いサービスレベルを要求するため、教育投資が必要。スタッフの習得度合いや適性により差が出る可能性。
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「コスパ悪い」評価のリスク: 価格を上げても、見合った価値を明確に伝え、体感させられなければ不満の原因になる。
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先行投資が必要: スタッフ教育費、コース管理費(より高度な芝生管理、整備機材)、施設の修繕・アップグレード、高品質な備品・アメニティなど、初期・継続的なコストがかかる。
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定量的評価の難しさ: 「満足度」「ブランドイメージ」「リピート率」など、短期的な売上数字に直接反映されにくい指標の重要性が増す。
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経営判断の分かれ道:目先の利益か、持続的な価値か
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「稼働最大化」戦略を選ぶ経営: 短期的なキャッシュフロー改善や、ファンドなど出口戦略が明確な投資案件では有効な場合があります。しかし、中長期的に見た企業価値(ブランド力、顧客ロイヤルティ、従業員定着率、コース資産価値)は上がりにくく、むしろ毀損するリスクがあります。 針葉樹のように、燃えやすい(売上は上がりやすい)が、持続せず、消えやすい(競争力が失われる)状態に陥りがちです。
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「単価最大化」戦略を選ぶ経営: ワンオーナー制で長く愛される場を目指す、地域に根ざした存在でありたい、社会的責任(雇用の質、環境維持)を重視する、といった理念を持つ経営者には必須の選択です。広葉樹のように、火がつきにくく(初期投資・忍耐が必要)、燃え広がるのに時間はかかる(効果が表れるまで時間がかかる)が、一度根付いた炎(ブランド力と安定収益)は長く持続し、場を盤石なものにします。
現場スタッフの視点:成長の機会とその本質
どちらの戦略を取るにせよ、現場スタッフにとって「これまでより大変」なのは変わりません。しかし、その「大変さ」の質と、得られる「成長」は大きく異なります。
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「稼働最大化」戦略下でのスタッフ:
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得られる成長: ハイプレッシャー下でのマルチタスク能力、効率化思考、大量処理能力。限られた時間で業務を完遂する「タフなワーカー」として鍛えられます。適応できるスタッフは確かに優秀ですが、それは「高回転・適正価格」という特定の戦略に最適化されたスキルセットと言えます。
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リスク: サービスの質を個人で維持するのは困難になりがち。「効率的にさばく」ことに注力せざるを得ず、サービスレベルは全体的にある程度低下しながらも回していく方向に進化します。耐えきれないスタッフは離脱し、人的リソースが不安定化するリスクがあります。
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「単価最大化」戦略下でのスタッフ:
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求められる成長: 少人数でも質の高いサービスを提供する力。深い専門知識、お客様のニーズを先読みする洞察力、品格ある接遇、問題解決能力。単に「さばく」のではなく、「価値を創造する」サービスプロフェッショナルとしての成長が求められます。
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成長の本質: サービスの質を追求する過程で、コミュニケーション力、忍耐力、共感力、品性といった「人間力そのもの」が磨かれます。落ち着きがあり、穏やかで、お客様を自然に惹きつける「魅力的な人物」へと変化していく機会があります。これはキャリアだけでなく、人生そのものにも活きる成長です。
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重要なのは、どちらの戦略においても、スタッフの努力と成長が企業の業績向上につながり、それが適切な評価(給与・待遇・地位向上)として還元される「ウィンウィンの関係」が構築されることです。 経営陣はこの循環を意識的に設計・運用する責任があります。
「単価最大化」戦略を成功させるための具体的アクションプラン
広葉樹型戦略への転換を目指すゴルフ場が取るべき具体的なステップは以下の通りです。
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理念の明確化と共有:
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なぜ単価を上げるのか?目指す場の姿は?を経営陣が言語化し、全スタッフに浸透させる。「高くても選ばれる理由」の根幹を作る。
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ターゲット顧客の再定義:
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現状の顧客層を分析し、真に価値を理解し、対価を支払ってくれる理想の顧客像(ペルソナ)を明確にする。サービス設計は全てここから逆算する。
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コースクオリティの追求:
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先行投資: 最新の芝生管理技術・機材の導入、経験豊富なグリーンキーパーの確保・育成。
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管理基準の厳格化: フェアウェイ、ラフ、バンカー、グリーンの状態を常に最高水準に保つためのプロセスとチェック体制の構築。「単価に見合うコースか」を常に自問自答する。
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サービスレベルの劇的向上:
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スタッフ教育への投資: 接遇マナー研修、ゴルフ専門知識(ルール、マナー、クラブ知識)研修、コミュニケーションスキル研修などを体系的に実施。単発ではなく継続的な学びの場を提供。
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評価基準の変更: 「さばいた人数」だけでなく、「顧客満足度調査の結果」「リピート率」「お客様からの指名・感謝の声」などを重要な評価指標に組み込む。
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エンパワーメント: 現場スタッフにある程度の裁量権を与え、お客様のその場のニーズに柔軟に対応できるようにする。
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施設・付帯サービスの価値向上:
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クラブハウスのリニューアル: 清潔さ、快適さはもちろん、「気品」と「くつろぎ」を感じさせる空間づくり(内装、家具、照明、香り)。高見えするトイレ・シャワー室は必須。
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飲食サービスの質向上: 地元食材を活かしたメニュー、プロの料理人による腕の見せ所、接客サービスのレベルアップ。プレー後の楽しみとなる食事体験を提供。
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プロショップの充実: 品揃え、陳列、スタッフの商品知識・接客力を向上させ、購買意欲を刺激する。
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付加価値サービスの開発: 高品質なレッスンプログラム、会員限定特典(優先予約、特別イベント)、プレミアムラウンド体験(早朝・夕方特別プラン)など。
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適正な価格設定と価値のコミュニケーション:
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提供する総合的な価値(コース、施設、サービス、体験)に見合った適正なプレー料金を設定。安易な値下げ競争は避ける。
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「なぜその価格なのか」を伝える: HP、SNS、予約時、場内でのコミュニケーションを通じて、高品質なコース管理、スタッフ教育への投資、施設の充実など、価格の背景にある価値を積極的に発信する。ストーリーを語る。
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忍耐強く継続する覚悟:
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目に見える成果が出るまでに時間がかかることを理解し、経営陣・スタッフ一丸となって中長期的な視点で取り組み続ける。短期的な数字の揺らぎに一喜一憂しない。
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進化を楽しむ組織へ
どちらの戦略を選ぶかは、経営者の理念、資金力、地域性、ターゲットなどによって異なります。重要なのは、選択した戦略を現場スタッフと共有し、その戦略で成功するために必要な環境(教育、リソース、評価制度)を整え、共に歩む覚悟を持つことです。
スタッフ一人ひとりにも選択肢はあります。効率化とスピード感の中で成長したいのか、深い人間関係とサービスの質を極める中で成長したいのか。どちらの環境が自分に合っているのかを見極めることも大切です。
自然界の進化論が示すように、環境の変化に適応し、自らを変革(進化)できる者が生き残り、繁栄します。 ゴルフ業界も例外ではありません。厳しい競争環境の中で、私たちゴルフ場に関わる者は、お客様のニーズの変化、社会情勢、自らの理念に照らし合わせながら、どのように「進化」していくかを考え、実践し続ける必要があります。
「単価最大化」という広葉樹型の道は、決して楽な近道ではありません。しかし、高い志を持ち、持続可能な繁栄を目指すゴルフ場にとって、それは確実に未来への根を張り、太い幹を育てるための選択です。コースの美しい緑と同様に、組織そのものも「育てる」覚悟を持ちたいものです。
持続可能な繁栄は、目先の収益を追う針葉樹の速さではなく、価値の根を深く張る広葉樹の強さにある。
それでは今日も素敵なゴルフライフを!
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