長年ゴルフ場の最前線でサービス業に携わり、お客様の笑顔と充実した時間を提供することに情熱を注いできました。その経験からたどり着いた、揺るぎない信念があります。それは「美化こそ最高のサービスである」という理念です。今日は、この理念の核心であり、ゴルフ場の快適さと評判を陰で支える「ビルメンテナンス(施設管理)業務」の重要性と、発注者(ゴルフ場運営側)と受注者(メンテナンス業者)が共に目指すべき姿について、私の実体験を交えて深く考察します。
目次
原体験:星野リゾートが教えてくれた「無言の歓迎」
ある結婚記念日、妻を連れて栃木県・鬼怒川の星野リゾートを訪れました。事前の細やかな打ち合わせ(誕生日ケーキのサプライズなど)から期待は高まっていましたが、敷地内に足を踏み入れた瞬間に感じたのは、それとは次元の異なる衝撃的な「心地よさ」でした。
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ゴミ一つない完璧な清潔感: 歩道、植栽、建物の外壁…隅々まで手入れが行き届き、無駄なものが一切ありません。
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曇天でも輝く「透明感」: 湿度の高い曇り空にも関わらず、窓ガラスには結露はあっても、手垢や汚れの影さえ見当たりません。光を遮るものがなく、空間が澄んで見えました。
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五感を包む「静寂」と「調和」: 室内の空気は清浄で適温、嫌な臭いはなく、不必要な音も遮断された静けさ。すべてが完璧に調整され、ただ存在するだけで心が落ち着く空間でした。
この時、私は確信しました。これはスタッフの笑顔や直接的な気遣い「だけ」で生み出されたものではない。「目に見えない場所と時間に、妥協を許さず、お客様を心から歓迎する気持ちで作業にあたる施設管理スタッフの存在こそが、この圧倒的な快適さの源泉だ」と。人的サービスはもちろん素晴らしかったのですが、この「土台」があってこそ、そのサービスが最高の輝きを放つのです。これは、お客様の快適さを自らの喜びとするサービス業従事者として、私に明確な「答え」を示してくれた衝撃的な体験でした。
ゴルフ場におけるビルメンテナンス業務の特殊性と課題
ゴルフ場の運営は多岐にわたり、多くの場合、専門性の高い業務は外注されています。レストラン運営、コースの緑化管理、そして施設管理(ビルメンテナンス)業務もその典型です。
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外注化の背景: 清掃、設備保全(空調・電気・給排水)、環境衛生管理(害虫駆除等)、保安警備など、その業務は専門的かつ継続性が求められ、ゴルフという「表」のサービス現場からは一歩引いた「縁の下の力持ち」的な役割です。
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支配人のジレンマ: ゴルフ場支配人は全体の責任者ですが、フロント、プロショップ、レストラン、キャディ、コース管理、施設管理など、全てのセクションの詳細な現場経験を持っているとは限りません。異なる専門性を持つセクション(特に外注先)を、互いの立場を尊重しつつ、一つの方向に統率していくことが求められます。
現場で起こりがちな摩擦と意識のズレ
この複雑な構造ゆえに、以下のような課題が生じることが少なくありません。
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セクション間の「すれ違い」とトラブル:
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レストラン営業中に大掛かりな清掃作業が入り、お客様の気分を害する。
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施設管理業者が設備点検のために必要な区域を通行止めにしたら、キャディやコース管理スタッフの動線を妨げてしまった。
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ゴルファーからのクレーム(例:「トイレが汚い」「ロッカー室が寒い」)が発生した際、フロントスタッフと施設管理業者の間で責任のなすり合いが発生。
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「あの汚れ、なんで直さないの?」(発注者) ↔ 「指示がないから」「予算がないから」「それは他の業者の範囲」(受注者)
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「外注」という壁による心理的距離:
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ゴルフ場直営スタッフの中には、「あなたたちは外注の業者でしょ? 偉そうに言わないで」という意識が無意識にあるケースがあります。
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施設管理スタッフ側にも、「言われたことだけやっていればいい」「ゴルフ場のスタッフとは別物」という意識が生まれがちです。
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結果、「同じ施設で働く仲間」という一体感が醸成されず、コミュニケーション不足や相互理解の欠如から、小さな不満が積み重なりやすい環境になります。
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「美化こそ最高のサービス」を実現するためのマネジメント
私は支配人として、特に施設管理業務に関して、この「壁」を崩し、全セクションが同じ方向(お客様に最高の一日を提供する)を向くための取り組みを重視してきました。その核となるのが「美化こそ最高のサービスである」という理念の徹底的な共有です。
「美化」の二つの柱:美観とやすらぎ
私の定義する「美化」には、深く結びついた二つの要素があります。
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美観 (Beauty): 星野リゾートで感じた、目に見える清潔さ、整然さ、輝き。ゴミのない芝生、くもりのないガラス、錆びついていない手すり、整った備品…。視覚を通じて直接的に「気持ちいい」と感じさせる要素。
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やすらぎ (Comfort & Peace): 温度・湿度・空気の清浄さといった体感、静けさといった聴覚、嫌な臭いのない嗅覚環境。そして、スタッフの「目配り、気配り、心配り」から滲み出る安心感。心と体が自然とリラックスできる状態。
「美観」は「やすらぎ」の土台であり、すべてのサービスの基盤です。 汚れたトイレや埃っぽいロビーでは、スタッフの笑顔も半減してしまうのです。
施設管理スタッフの「心の向き」が結果を変える
清掃や点検は、一見ルーティンワークに見えます。しかし、そこで働くスタッフの「心の状態」が、作業の質に確実に表れます。
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「言われたことを、ただ完璧にこなす」スタッフ: マニュアル通りの高品質な作業は可能です。施設は物理的にきれいに保たれます。
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「この場所を利用するお客様が、どうしたらもっと気持ちよく、安全に過ごせるだろう?」と考えながら作業するスタッフ: マニュアル以上の気づき(例:お客様がよく通る通路の端のほこり、手すりの微妙なぐらつき、換気扇のわずかな異音)を持ち、自発的な行動(報告、改善提案、即時対応)を起こします。
星野リゾートのあの圧倒的な快適さは、間違いなく後者のような「お客様視点での想像力と行動」が積み重なって生み出されたものだと確信しています。この「心の向き」こそが、単なる「きれい」を超えた「感動」や「幸せな気持ち」を生む源泉なのです。そして、この意識を持つスタッフは、イレギュラーな事態(急な汚れ、設備トラブル)にも、臨機応変かつ迅速に対応できる準備が自然とできています。
発注者と受注者:対等なパートナーシップで「美化」を追求する
ここで最も重要なのは、ゴルフ場(発注者)とメンテナンス業者(受注者)の関係性の本質です。
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発注者にありがちな落とし穴: 「清掃は業者の仕事だから」と任せきりになり、細かなフィードバックや現場視点での改善要求を怠る。予算削減のため必要最小限の契約内容に留め、質への投資を渋る。施設は自社の大切な資産であるという自覚と責任感の欠如。
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受注者にありがちな落とし穴: 「契約範囲内の仕事さえきちんとやればいい」「発注者の都合や課題はあまり深く考えない」。発注者のビジネス(ゴルフ場経営)をより良くするための付加価値創造への消極性。
この関係を「対等なパートナーシップ」へと昇華させることが、「美化こそ最高のサービス」を実現する鍵です。
私が実践してきた具体的な施策
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理念の共有と徹底:
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施設管理責任者を、フロントマネージャー、レストランマネージャー、コーススーパーインテンデントなど、各セクションの責任者が集まる定例会議への常時参加メンバーと位置付けました。
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会議の場で繰り返し「美化こそ最高のサービスである」「お客様の快適な一日は、施設の美観とやすらぎが土台である」という理念を全員で確認し合いました。施設管理業務が「裏方」ではなく、「サービスの根幹を支える最重要業務の一つ」であることを共通認識化しました。
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私が以前勤めた会社の理念「ご来場いただいたお客様に最良の一日を提供する」「お客様の喜びを自分の喜びと感じられるスタッフになろう」も併せて共有し、施設管理スタッフもその理念の実践者であることを強調しました。
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相互理解と協働の場の創出:
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会議では、各セクションのスケジュール(大きなイベント、繁忙期予測、改修計画など)を共有し、施設管理業務とぶつからない調整を行いました。
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フロントスタッフやキャディが現場で気づいた「ちょっとした不具合」(照明が切れている、ドアの開閉が重い、特定の場所に埃が溜まりやすい等)を、施設管理責任者に直接・迅速に伝えるルートを整備しました。
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逆に、施設管理スタッフから「この備品をこう変更すると効率が上がり、清潔さが維持しやすい」「この時間帯にこの作業をするとお客様の邪魔になりにくい」といった現場目線の改善提案を積極的に求め、可能な限り採用する姿勢を示しました。
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パートナーシップの意識改革:
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発注者(ゴルフ場)へ: 「施設管理業者は単なる請負先ではない。自社のサービス品質を左右する重要なパートナーである」と認識を改めさせる。彼らに「自社の資産を美しく保つ責任」を自覚させると同時に、彼らの専門性を尊重し、意見に耳を傾ける姿勢が不可欠。適正な対価(予算)を支払い、質の維持・向上に投資することは、顧客満足度向上(リピート率向上、評判アップ)への投資であると理解させる。
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受注者(メンテナンス業者)へ: 「単に契約を履行するだけの存在ではない。発注者(ゴルフ場)のビジネス成功に貢献するパートナーである」と意識を高めてもらう。契約範囲を超えて「どうすればゴルフ場の施設全体がより良くなり、お客様が喜び、結果として発注者の利益に繋がるか?」を考え、提案し、行動する姿勢が求められる。それは長期的な信頼関係と契約継続、ひいては自社の成長に繋がる。
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まとめ:美化は共創の結晶。それが最高のサービスを生む
ゴルフ場でお客様に提供する「サービス」は、プロショップでの接客や、キャディのナビゲーション、レストランの料理だけではありません。お客様がクラブハウスに足を踏み入れた瞬間から感じる「空気感」、トイレの清潔さ、ロッカー室の快適な温度、ガラス越しに広がるコースの美しい景観を遮るもののない窓…。これら全てが、お客様の「ゴルフ場体験」を形作り、その満足度を決定づける重要な「サービス」の要素です。
そして、この目に見える「美観」と体感する「やすらぎ」を生み出すのは、紛れもなくビルメンテナンス(施設管理)業務の質に他なりません。「美化こそ最高のサービスである」という理念は、この真理を表しています。
この「美化」を真の意味で実現するためには、ゴルフ場運営側(発注者)とメンテナンス業者(受注者)が、「上下関係でも、単なる契約関係でもなく、同じ目標(お客様に最高の体験を提供する)を共有する対等なパートナー」となることが絶対条件です。発注者は責任感と投資意識を持ち、受注者は専門性と付加価値創造意欲を持って、互いの強みを活かし、弱点を補い合い、常に「もっと良くするには?」と対話を重ねていく。
施設管理スタッフ一人ひとりの「お客様を心地よくしたい」という心の向きが、細部に宿る気配りとなり、それが積み重なって、星野リゾートであの私が感じたような「無言の歓迎」と「圧倒的な快適さ」が生まれます。それは、お客様に忘れられない「最良の一日」を提供する、サービス業の究極の形なのです。
ゴルフ場運営者の方々、ビルメンテナンス業者の方々、ぜひ一度、ご自身の施設での「美化」のレベルと、その根底にある発注者・受注者の関係性を見つめ直してみてください。共に「美化」を追求するパートナーシップこそが、お客様の笑顔と、ビジネスの持続的な成功を約束する鍵だと信じています。
それでは、今日も素敵なゴルフライフを!
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